僕とキノシタはとあるロックバーのカウンターで肩を並べて生ビールを飲んでいて、 カウンター越しに『彼女』のアパートで会った男が生ビールを注いでいる。 このバーにはエアコンは1台しかない。 店内が狭いので普段は十分事足りるのだろうが、 異常気象なのか今日の暑さではもう1台あっても良いくらいだ。 店内にはストーンズの曲ばかりがランダムに大音量で流れている。 僕の予想は的中していて『彼女』は男にもメールを送っていた。 そのメールはこうだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ [夏のぬけがら] 君はどこにいるのかワカラナイ 僕はどこにいるのかワカラナイ 景色は後ろに流れているのかな? 僕だけ前に流されているのかな? 暑さのせいで眠れない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ メールの受信時間を見るとキノシタの後に送ったことがわかる。 男は『彼女』のバイト仲間で『彼女』はこのバーで週3日働いていた。 男の話だと『彼女』は2ヶ月前からここで働いていて、 昨夜『彼女』から今週はバイトを休みたいから代わってくれという電話があった。 (メールはその後に送られてきたらしい) 休みたいというより働く日にちを増やしたいと言っていたのと、 電話越しの様子がおかしかったので(やはり強い風の音は男も聞いていた)男も不審に思った。 そして、電話のあとのあのメールである。 さらに男もバンドを演っていて『彼女』に歌詞・曲を聴かせてくれと頼んでいたが、 なぜかずっと頑なに断られていた。 その理由を『彼女』に聞いたところ、 「ほんとに納得のいくモノが出来たら聴かせる。 でも、きっと納得のいくモノが出来た瞬間に全てが終わる気がする」と言われた事があった。 不安に思って『彼女』に連絡をとろうにも連絡がとれなかった。 それで『彼女』の部屋を訪ねたそうだ。 これは僕の予想だがこの男は『彼女』に対して恋愛感情を持っているのだと思う・・・・・ (それはさすがに聞けないけど) 僕とキノシタは男の長い話を聞いた後、 男と『彼女』のバイト先に行くことを決めた。 それは2人とも『彼女』のことが気になるというよりも、 涼しい所で座って生ビールを飲みたいという気持ちからだった。 ほんとは『彼女』のことから一旦離れて普通の居酒屋ででも飲みたかったのだが、 男の誘いがあったのとバーが意外とここから近かったから。 そして、今、僕はキノシタと『彼女』がバイトしていたロックバーのカウンターで肩を並べて飲んでいる。 『彼女』が男に言っていた納得のいくモノ。 でも、それが出来た瞬間に全てが終わる。 『彼女』は僕ら以上に真剣にバンドをやっていたんだ。 僕らは『彼女』の納得のいくモノに何の貢献もしていない。 僕らも薄々わかっていたことだが、やっぱり気分の良いことではない。 『彼女』の為とかじゃなくて単純に自分たちがはっきりと否定されているようで悔しい。 『彼女』は男に歌詞も曲も聴かせなかった。 聴かせるだけの価値もなかったんだ。 そんな『彼女』がキノシタと男に送った歌詞『夏のぬけがら』。 この歌詞は『彼女』にとって納得のいくモノになったのだろうか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ [夏のぬけがら] 焼けた砂浜を1人歩いてる 焼けた砂浜が何度も尋ねてる 燃えているのは太陽なのかな? 終わらない夏はどこにあるのか? 波はここまでは届かない 君はどこにいるのかワカラナイ 僕はどこにいるのかワカラナイ 景色は後ろに流れているのかな? 僕だけ前に流されているのかな? 暑さのせいで眠れない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 僕とキノシタは乾杯と言ったきり無言で生ビールを競うように飲んでいて、 店内にはストーンズのLadyJaneが大きな音量で響いている。 |