サーターアンダギーの憂鬱

5章「待つ男」


次の日の朝、僕は寝不足で先生と喫茶店で待ち合わせをしている。
今日は来週行われる予定の地方公演についての打ち合わせの為に先生と会うのだ。

この喫茶店に来るのは初めてだが先生は待ち合わせ場所に喫茶店をよく指定する。
広めの店内にはまったくといっていい程装飾品がない不思議な喫茶店だ。
ほんとに雰囲気を楽しむとかじゃなくてコーヒーを飲むだけのための店といった感じだ。

いつもだと改まって打ち合わせなどしないのだが、
なんだか前回の京都での先生のネタが好評で数箇所増えたのだ。

確かに京都でのネタは長年先生と仕事をしている僕でも心が動かされた。
決して派手なネタではないし斬新でもないのに。

まぁ好評で仕事が増えるのは良いことだ。

携帯電話が鳴った、先生からだ。

「あぁ吉田くん、約束の時間にちょいと遅れそうなのだが・・・・・・」

これもいつものことだ。
先生はいつも約束の時間に『ちょいと』遅れる。
だから待つことには慣れている。

僕はのんびりとコーヒーを飲みながら辺りを見渡す。
ほんとに何もない喫茶店だ。
雑誌もテレビもないし、音楽もかかっていない。
客も僕1人だけだ。

待つことに慣れている僕でも今回は苦戦しそうだ。

この時間は客があまり来ないからだろうか、
お店の主人とその子供(だと思われる)がカウンターの席に座っている。
子供は女の子で3〜4歳くらいだろうか。

なんだか微笑ましいなぁ。

僕はコーヒーをお代わりしたかったが、
なんとなくその親子の邪魔をしたくなかったので我慢することにした。

主人はコーヒーを飲み、女の子は限りなく牛乳に近いコーヒー牛乳を飲んでいるようだ。
そして、小さなお皿に小さなドーナッツが2つ。
丸い形をした手作りドーナッツのようだ。

女の子は不思議そうにドーナッツを眺めている。

「食べないのかい?」主人は女の子に向かって優しく話しかけた。

女の子は黙ってドーナッツを眺めていたが主人を見上げて、

「これドーナッツじゃないよ」と言った。

「どうして?」

「だって穴があいてないよ」

僕は昨日考えていた先生の言葉を思い出してハッとした。

『吉田くん、穴のないドーナッツだってあるんだよ』