恋は八つ橋

2章「恋は八つ橋」


私、伊佐坂門戸は京都の「チロル」という名の喫茶店にいて、
私のテーブルには3杯目のコーヒーと吸殻が溢れそうな銀色の灰皿、長年使っている万年筆と原稿用紙が置かれてある。

今の私には時間がない。

あと2時間もしないうちに私は京都大学落語研究会主催の「京の奇跡」の舞台に立ってネタを演らなくてはならないのだ。

私は興奮しながらも焦っていた。
本当に時間までに土産屋で思いついたアイデアを引っ張りだして形にできるのだろうか?

土産屋での若い女の言葉を何度も何度も思い返す。

『だってあの和風の団子生地に一番合うのは、食べた後に上品な甘みを残すあんこだもん。』

その他愛もない言葉が私の創作意欲を掻き立てる程のアイデアを生んだのだ。

吉田にはこの店の住所を連絡してあるので、ここで時間ギリギリまでネタを詰めることができる。

後は時間との勝負だ。

私は「八つ橋」と「恋愛」と「古典的な笑い」というまったくもって繋がりそうもない3つを繋げようとしている。

ネタの題名だけははっきりと決まった。

『恋は八つ橋』

演歌にもならなそうなタイトルだが口に出した時の響きが良い。
響きとか語呂とか抽象的なものが私は好きだし私の人生自体が抽象的なものだと自分でも思う。

私は煙草に火を付け再び視線を原稿用紙に向ける。

ネタのおおまかな流れはできてはいるのだが、肝心のオチがどうにもこうにも決まらない。
横溝正史の八墓村をもじった八つ橋村などのくだらないことしか浮かんでこないのだ。
これでは野口五郎のダジャレよりもタチが悪いではないか。

どうにも困った私は八つ橋の製造工程を思い出してみる。
何年も前にテレビで見ただけなので記憶で定かではないが八つ橋は大きく分けて3つの工程で作られる。

仕込工程・成型工程・包装工程の3つだ。

仕込工程とは米粉をお湯でミキシング、蒸練、砂糖合わせ(水ニッキ・抹茶など)、酸素添加といった流れで行われるもので、
成型工程とは練り上げ(団子生地)、生地圧延・豆粉まぶし、あん充てん、三角折りに成型といった流れだ。
最後の包装工程でパッケージングされ店頭に並んで私達の口に入る。

一般的に八つ橋といえばあんこが重要視されるが、
その番組では仕込み工程の砂糖合わせと成型工程の練り上げで味が決まると言っていた気がする。

私もそう思う。

あんこも大事だが八つ橋の醍醐味はあの団子生地だと言っても過言ではない。

全然ネタと関係はない。

頭ではわかっていても私はあの団子生地のことをまだ考えている。

今でこそ好きだが私は幼い頃、どうにもあの団子生地が苦手でよく破いてあんこだけを食べていた。
終いには団子生地を指で潰して遊んだものだ。

もちろんそれを母親に見つかって怒られたりもした。

私は笑んでいた。

それは幼い頃を思い出したからではなくオチが決まったからだ。

私は原稿用紙に再び万年筆をすべらせた。