真夏にプリン

4章「悪魔を哀れむ歌」

(3)「賭〜悪魔を哀れむ歌」


「ホンマくんはどう思う?」

キノシタが沈黙を破って口を開いた。
男も視線を僕に向ける。

「俺は『彼女』は誰かが来るのを待っているんだと思う」

男は視線を戻して再び食器を洗い始めた。
キノシタは小さく頷いて最後の1本のラッキーストライクに火をつけた。

「僕もそう思う」
煙を上に吐いてキノシタは続ける。
「明日、海に一緒に行かないかい?」

ここから一番近い海までは200qくらい。
行けない距離ではないがそこまでする必要はあるのか?

ないに決まっている。

行ったとしても宿泊するホテル・旅館だってたくさんあるんだから、
『彼女』を見つけることができるとは思えない。

よって時間と労力の無駄だ。

「それは断るよ、キノシタ。
『彼女』が待っているのは僕らとか限らないんだよ。
 さっきの女の人かもしれないしナオキさんかもしれない」

男は蛇口を閉めて僕らに小さな声で言った。
「おまえらが迎えに行くのが一番いいよ」

みんな勝手なことばかり言ってる。
「なんでですか?」
僕は酔っているせいで男をきつく睨んでそう言い返した。

「理由なんてねぇよ」

男も僕を睨みながら強い口調で言う。

「ホンマくん、『彼女』の歌詞に曲をつけて演奏する権利が僕らにはあるんだよ」

ほんとにこいつらは・・・・・

「だから何なんだよ。『彼女』が帰ってきてからでもそれはできるじゃないか。
 そんなのは迎えに行く理由には残念だけどならないね」

それから話は平行線を辿った。

話がいつまでもまとまらないので面倒になり僕は単純なルールの賭を提案した。

@次に流れるストーンズの曲をお互いに予想する
Aキノシタの予想が5回以内に的中→海へ行く
B僕の予想が5回以内に的中・2人とも5回以内に当たらない→海には行かない
※店内で流れているストーンズの曲は男のパソコンのi-tunesでランダム再生されている
※男はパソコンを操作できないように、キノシタに曲を教えないようにカウンターから離れること

これだけでも僕に有利なのに決定的に僕に有利な条件がまだある。

キノシタはストーンズに詳しくないのに対して僕はかなり詳しいのだ。

よって僕がストーンズのメジャーな曲を先に言ってしまえば、
キノシタは曲を予想することさえ出来ない。

90%以上僕の勝利だ。

1回目の予想
「サティスファクション 」・・・僕
「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」・・・キノシタ(予想通りメジャーな曲しか知らないな)

流れたのは・・・・・マーシー・マーシー(1965)だった。

2回目の予想
「アンジー」・・・僕
「ライク・ア・ローリング・ストーン」・・・キノシタ(ストーンズの曲だと思ってるのか)

流れたのは・・・・・ヒッチ・ハイク (1965)だった。

ここで僕はあることに気付いた。
ランダムとはいえ、この流れは1965年にリリースされたアウト・オブ・アワ・ヘッズの曲順だ。

どうせこの賭は僕の勝ちだ。

ちょっと遊んでみるか。

3回目の予想
「ラスト・タイム」・・・僕(アウト・オブ・アワ・ヘッズの3曲目)
「悪魔を哀れむ歌」・・・キノシタ(もうこれしか知らないんじゃないだろうか?)

流れたのは・・・・・悪魔を哀れむ歌。
キノシタの予想が的中した。

男とキノシタがハイタッチしている。

いつのまにか夜も更けてエアコンの設定温度を上げないと肌寒くなってきた。

僕は盛り上がっているキノシタと男を横目で見ながらカウンターのリモコンを手に取った。

「明日も暑くなりそうだなぁ・・・」