2人は夕日を背中で受け止めながらベンチに座っている。 「キャシー・・・・・」 「なぁに、ヘンゼル」 僕はバスケットをキャシーに渡した。 「開けていいの?」 僕は黙って頷いた。 というか、キャシーが美味しく食べてくれるか不安で言葉が出なかった。 「まぁ、ホットケーキ! すごくふっくらしてて美味しそう」 「僕が焼いたんだよ。食べてみてくれないか」 「うん」 キャシーはハニーシロップをちょっとだけホットケーキにかけて食べ始めた。 僕はどきどきしながらその姿を見つめる。 1秒が1分いや10分くらいに感じる。 キャシーの反応が待ちきれずに思わず聞いてしまう。 「どう?」 「ほんとに美味しい。ほんとにヘンゼルが焼いたの?」 「そうだよ。美味しくて良かった」 「こんなに美味しいホットケーキ食べたの初めてよ」 「嬉しいよ、キャシー」 「このホットケーキの自然な甘みはどうやって出したの?」 「あぁ、さすがキャシーだね。それは牛乳なんだよ」 「え?牛乳?」 「うん、マイコーの家の牧場の牛乳を使ったんだよ。 マイコーとこの牛乳はこういうお菓子作りには抜群に相性が良いんだ」 「その口ぶりからすると相当勉強したんでしょう?」 「へへへ、キャシーに美味しいホットケーキを食べてもらいたくって」 「嬉しいわ、ヘンゼル」 僕も嬉しいよ、キャシー。 これで、これで素直にきみに僕も話ができるよ。 僕が意を決して、 「ねぇ、キャシー・・・・・」と言い始めたときに、 キャシーも「ねぇ・・・・・」と言ったものだから何だか可笑しくって僕もキャシーも笑ってしまった。 張りつめていた何かが2人の間から消えていく。 「キャシーから言いなよ」 「えー、ヘンゼルから言ってよ」 今度はなかなか照れくさくなってお互いに言い出せなかったので、 じゃんけんで話す順番を決めた。 そして、キャシーが負けてキャシーから話すことになったんだ。 「ヘンゼル、私考えたんだけど・・・・・アポネには行かないわ。 ここでだってダンスの勉強はできるはずよ。 私は自信がなかったからアポネに行こうとしてたんだって気付いたの。 この町にいるとみんながいる。 家族がいる、友達がいる、ヘンゼルがいる。 私はそれに甘えてダンスの勉強がしたいって気持ちを忘れそうだと思ってたの。 一人になったらダンスにしか目がいかなくなるでしょ? でも、もう少しここで私なりに勉強して自信をつけてからでも遅くはないはずよ。 焦っちゃだめだわ。 それにヘンゼルのホットケーキを食べて思ったの。 この町にしかないものを私は見ていなかった。 私は外ばかりに憧れを持ってこの町の良さをわかっていないのよ。 この町にしかない何かを吸収してからアポネには行くわ。 決心させてくれたのはあなたのホットケーキのおかげよ、ありがとう」 僕は・・・・・僕は驚いた。 「キャシー・・・・・・僕は、僕はお菓子の勉強をしにアポネに行こうと思うんだ」 今度はキャシーも驚いた。 キャシーの大きな瞳がいつも以上にぱっちりと開いている。 「僕はキャシーみたいにはっきりと何かを強く思うってことは今までなかったんだ。 でも、キャシーにホットケーキを焼こうと思ってお菓子の本を読んでいて、 自分の知らないことがいっぱいあるって気付いたんだ。 そして、僕はその知らないこと知りたいって思ったんだよ。 それはこのカパスにいたんじゃ無理なんだ。 僕はアポネに行く。 アポネに行ってもっともっと美味しいお菓子を作ってキャシーに喜んでもらいたい。 喜んでもらえたらこの町に僕のお菓子屋さんを作って町のみんなに食べてもらいたいんだ。 そう決心できたのは美味しいホットケーキをキャシーに食べてもらいたいと思ったのがきっかけだよ。 僕はお菓子の勉強をしにアポネに行くよ」 |