シガレットチョコ

3章「シガレットチョコ」


僕はおよそ半年ぶりに会った「彼女」の目の前に座っている。

変わらない「彼女」と「彼女」の部屋。
神経質なくらいに整理された部屋、窓からの景色。
そして、僕のギター。

いつからかこのギターは僕と彼女との「間」を埋めるための僕の逃げ道になっていた。
「彼女」に何を話せば良いのか、「彼女」にどう接して良いのか解らなくなったときにこのギターを弾いていた。

「なんだか懐かしいなぁ」僕は思わず言ってしまった。

「そうかもね」彼女は僕を見つめて小さな声で、でもはっきりと言った。

僕は黙ってしまい、彼女も喋らずに窓の外を眺めている。

2人の間に沈黙が流れる。

いつからこんな風になったんだろう?
きっと誰が悪いとかじゃなくって、やっぱり相性が悪いのかな?

沈黙の間たくさんの疑問が僕の頭の中で嫌な感じに押し寄せてきて胸が苦しくなってきたので、
僕は立ち上がり勝手に「彼女」のレコード棚から1枚のレコードを取り出して針を落とした。

誰の何て曲かはどうでも良かったのだが一応「彼女」に聞いてみた。

「それ、ジャケ買いしたやつだからわかんないや」

久しぶりだなぁこの感じ。

僕の中の疑問を一瞬にして吹き飛ばす「彼女」のたわいもない一言。

僕は「彼女」の前に座り直した。

「ちゃんとお別れを言おうと思って・・・」僕は言いながらなんだか恥ずかしくなっていた。
普通はこういうのって『しんみり』したりするんだろうけど、今更なんだかなぁなんて思ってしまう。
ちょっとだけ『しんみり』した顔を作ろうとしたがやっぱり無理だ。

「そんなのはどうでもいいからギターちゃんと持って帰ってよ」

相変わらず「彼女」は何を考えているのかわからない。
・・・と思いつつも正直安心した。

別れを告げるというのは好き嫌いに関わらずあまり得意じゃない。

「その代わりに何かそのギターでちゃんと歌ってよ」

相変わらず何を考えているかわからない「彼女」だがその一言だけはなぜかわかった。
なぜだかはまったくわからないけど、はっきりとわかったんだ。

僕は「彼女」との「間」を埋めるためにこのギターを使っていた。
だから弾いてるだけで歌なんて歌ってなかった(当たり前だが)。

だから最後くらいはちゃんと逃げないでという意味だと僕には感じた。

「じゃあ、歌うよ」コードを確かめる。

すると「ちょっと待って、新しい歌が聴きたい」

「サビの部分しかできてないよ」

「それでもかまわないよ」

「わかった」

僕はもう一度コードを確かめる。

僕が歌ったのは愛や恋の歌じゃなくて初めてギターを弾いた時のことを歌った歌だった。

僕はやっぱり「彼女」の住んでいる街の駅の近くの喫茶店で再びコーヒーを飲んでいる。
きっとこのお店にも来ることもないだろうなんて思いながら。

「それじゃあ元気でね」
「うん。そっちもね」

それが「彼女」との最後の会話だった。
といっても実際「彼女」とほとんど今日も話していない。

最後までよくわからなかったな。

メンソールの煙草に火を付ける。
さっきの雨でちょっと濡れた煙草もしわくちゃのまま乾いていた。

煙草をくわえながら久しぶりに帰ってきたギターを見る。
ギターは僕が「彼女」の部屋に持ってきた時と同じステッカーがベタベタ貼られた黒いハードケースに入れられている。

懐かしいなぁ。

ハードケースを開けてみる。
ついさっきまで「彼女」の部屋に置いてあったギター、めったに弾かないハーモニカ、くちゃくちゃの楽譜、
その中に見慣れない小さな箱があった。

手に取ってみる。

シガレットチョコだ。

「彼女」がギターをハードケースにしまってくれたときにこっそりと入れたのだ。

プレゼントなのかな?

それにしてもシガレットチョコってとこが、よくわからない「彼女」らしくて僕はなんだか可笑しくなった。


〜おしまい〜

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