シガレットチョコ

1章「ただぼんやりと」


目覚めの悪い朝だった。

お酒を飲み過ぎたわけじゃない。
毎晩寝る前に飲んでいる缶ビールの空き缶が2つ
居間のテーブルのいつもの位置に決められたように置かれていて、
限りなくいつもと同じ景色が寝ぼけた自分の目に映っている。

積まれたレコードと雑誌、脱ぎ捨てられた黒いジャケット、
テーブルの上の空き缶と灰皿と携帯電話。
そして、ギターが置かれていないギタースタンド。

時計を見る。

日曜日の朝7時をくたびれたオレンジ色の時計の2つの針が指している。

いつもならもう2〜3時間くらいは眠っているが今日は早く起きよう。

子供の頃からいつも起きる時間と違う時間に起きると不思議な感じがする。

自分がいつもと違う時間に起きたことによって違う時間軸に入り込んでしまい、
違う世界に迷い込んじゃったような感じに陥るとでも言えばよいのだろうか?

頭を掻きながら不味いインスタントコーヒーを飲むためにお湯を沸かす。
テーブルの上のメンソールの煙草をくわえて火をつけ深く息を吐く。

ただぼんやりといつもの行動を繰り返す。

インスタントコーヒーをカップに注いでソファに座りテレビの電源をつける。
そこまではいつもとまったく同じだ。
ただ目覚めが悪い朝だということとそのせいでいつもより早く目覚めたこと以外は。

窓の外を見ると青空が広がっている。

最近は残業も多くて今日は家でゆっくりとしていようと思っていたが、
無性に出かけたい気分にさせる青空だ。

出かけたい気分にはなったが僕は目的地がはっきりと決まっていないと出かけない性格なので、
(あてのない気ままな散歩やドライブが嫌いなのだ)
どこへ出かければいいか迷ってしまう。

再び煙草に火をつけて考えるが目的地が決められない。

だんだん外の天気と反比例するかのように苛立ってきた。

そんな時にテーブルの上の携帯電話が鳴った。
短い電子音、どうやらメールのようだ。

普段マメにメールを返信しない僕の携帯電話にはメールがほとんど来ないのでちょっと驚く。

パソコンでのメールなら慣れているキーボードで文字を打つので苦にならないが、
携帯の小さなボタンを何度も押して打つ携帯メールは面倒でしょうがない。

メールを見ると前の「彼女」からの短いメールだった。
正確にはちゃんと別れていないし、あれから彼女もいないので現「彼女」なのだろうか。

<おはよう、元気にしてる?暇な時にギターとりにきてね。>

ギターが置かれていないギタースタンド。
そこに置かれるはずのギターは「彼女」の部屋に置いたままになっている。

あのギターでたくさん歌を作ったし、あのギターに思い入れがないわけじゃないがあまり会いたい相手ではない。

僕はしばらく考えたが、意を決して短い返信をする。

<おはよう。今日じゃだめ?>

僕とその「彼女」が初めて会ったのはもう半年くらい前だった。

出会いのきっかけが半年前の事なのにはっきりと思い出せないが、
きっと友達の紹介みたいな感じだったように思う。

偶然に僕は「彼女」の席の隣に座って話をするうちに「彼女」も僕も音楽が好きだった。
そして、よく行くレコード屋が一緒だった事で話が弾んだこともあって、その後もたまに会うようになり、
付き合うことになったのだと思う(記憶が曖昧だ)。

だが、実際付き合ってみると上手く言葉にできないがベタな言葉を使うと『相性』が良くなかった。

僕は「彼女」が何を考えているのかを理解することができなかったし、
僕は「彼女」にどう思われいるのかも解らなくなった。

今になって思えば「彼女」も僕を同じように思っていたのかも知れない。

決して何か重大なことが起きたわけじゃないが些細なことでもない。
だから、嫌いになったわけでもない。

だけど僕はその不安から「彼女」と距離を置いたのだ。
「彼女」もその距離を縮めることをしなかった。

そんな「彼女」にギターなんて捨ててもらっても構わないのだが、
とりに行くと伝えたのははっきりと別れを告げたいからなのだろうか?

「彼女」からの返事を待っている間に色々と考えると面倒になって
『とりに行く』と言った事も後悔してしまい始めた頃に「彼女」から返信がきた。

<お昼頃だったらいいよ。>

僕は返事を送る。

<じゃあそうするよ。>

『送信しました』という携帯電話の文字を確かめて窓の外を見た。
さっきと変わらない青空が広がっていて飛行機雲が見える。

僕はその飛行機雲の下の方だけをただぼんやりと見ていたのだった。