僕は帰りの電車の中でずっと考えていた。 神田さんの言っていることも確かに納得がいく。 つい何年か前まで僕みたいなスタイルのヒップホップがもてはやされていたんだ。 重めのとっくにのせるメッセージ性あるリリック。 でも、いつのまにか軽いトラックにのせる恋愛・ポジティブソングばかりが売れるようになっていったんだ。 僕なんかはそんなのヒップホップじゃないと思うんだけどなぁ。 僕って時代遅れなのかなぁ・・・・女の子にももてないし、未だに童貞だし。 もう何もかもイヤになっちゃうよ。 僕の向井の席には高校生のカップルが座っていて、 何か楽しそうに笑いあっている。 きっとこの子達は日本の現状なんて頭の片隅にもなくて、 幸せな毎日を何の疑問もなく暮らしているんだろうな。 あ〜あ、なんだかなぁ・・・・ 僕は電車を降りて家の方向に向かって歩き出した。 *********************************************** 「おかえり〜」 いつもと同じお母さんの声。 僕は今でも実家に住んでいるんだ。 「ただいま〜」 居間に入るとお母さんはいつも通りに海苔せんべいを食べながら、 お昼のワイドショーを観ていた。 「あら、たけし元気ないねぇ」 「うん、ちょっとね」 座って僕も海苔せんべいを食べる。 ボリボリという音のハーモニーが広がる。 僕は何となくお母さんに話したい気分になった。 「なんか音楽の方が上手くいかなくってさぁ」 「あれかい?たけしのやってる音楽ってヒップスホップスってやつかい?」 「・・・・・」 「母さんはお経みたいで親しみやすくって好きだけどねぇ」 「お経みたいかぁ・・・まぁそれでもいいや。ありがとう」 「そんなことはいいから冷蔵庫に蕨餅入っているから食べよ」 「うん、そうだね」 「ところで、たけし・・・・」 「なんだい?お母さん」 「あんた、そんなに裕木奈江って人が好きなのかい?」 「え?」 「最近、あんた部屋で『裕木奈江』って繰り返してるじゃない?」 「・・・・」 「好きな女の人がいるんだったら頑張りなさいよ!」 「・・・・」 (おしまい) |