真夏にプリン

2章「夏のぬけがら」

(3)「6時間の出来事」


僕は、いや僕らは『彼女』の住んでいると思われるアパートの前に立っている。

午後4時過ぎなので太陽はまだ沈まずに、
僕らに暑さを与えて水分を奪っている。

彼からのメールを受信したのがAM6:00、
練習スタジオで彼と会ったのがAM10:00、
そして、今現在の時刻4:20。

練習スタジオで彼と会ってから今までの6時間にあった主な出来事は、
おおまかに分けて5つ。

@詳しい説明
A彼=『キノシタ』について
Bキノシタの持つ『彼女』=ゴトウのイメージ
C『彼女』の家を間違える
D夏のイメージ

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@詳しい説明

Q.なぜ『彼女』は彼の電話番号・メールアドレスを知っていたのか?
A.彼がメンバー募集の貼紙に書いてあった『彼女』の電話番号・アドレスを携帯にちゃんと登録していたから。
ちなみに僕は面倒なのでこの場合に限らず滅多に登録しない。
(それが原因でこっちから連絡がとれないことがしばしばあるが別に不便に感じたことはない)
バンドに入る時も貼紙に書いてあった練習スタジオに直接行ってしまった。

Q.なぜ『彼女』の家の住所を知っているのか?
A.他のメンバーに『彼女』の様子がおかしいと電話をかけたときに聞いた。
 しかし、そのメンバーも記憶が間違っていて(行ったけど言われたアパートは無かった)、
 昼過ぎに再度電話をかけて聴き直すことになる。

Q.なぜ『彼女』は彼に歌詞をメールで送って電話をかけたのか?
A.彼にもわからない。
 特に親しかったというわけでもなかったし、彼女が彼に好意を寄せていたというのも考えにくい。

Q.なぜ『彼女』をそこまで心配するのか?
A.これは僕にはわからない。
 彼は心配して当たり前だよと言うが親しくない人にそこまでする必要はあるのだろうか?
 僕が冷たい人間なのか彼がお節介なのかは第3者に聞いてみないとわからない。
 僕には『彼女』も彼も僕も暑さのせいでおかしくなっているように思えてきた。

Q.なぜ僕には電話をせずにメールで『彼女が死んだ』と送ったのか?
A.他のメンバーに電話をかけてことごとく様子を見に行くのを断られために、
 僕には強引なメールを送って来させるという手段を選んだ。
 (ほんとに迷惑な話だ)

Q.名前は?
A.非常に聞きにくい質問なのだが彼の方から気を利かせて何気なく言ってくれた。
 (もしかすると僕よりも大人なのかもしれない)
 彼の名前は『キノシタ』、で『彼女』の名前は『ゴトウ』
(僕の記憶では『彼女』の名前は木村とか村が付くはずだったんだけど・・・・・)。
 ちなみに僕の名前は『ホンマ』。

A彼=『キノシタ』について

全然『彼女』に関係ない話なのだがキノシタはパンクが好きみたい。
僕とピストルズ・クラッシュ・ジャムの1stが好きという点で同じだった。

年齢は僕より1歳下で18歳だが早生まれなので学年は僕と一緒。
僕は建築系の専門学生でキノシタは短大生。

キノシタは今のバンドが初めてのバンドで、
練習の後にどこか遊びに行ったり・お酒を飲みに行ったりとかするものだと思っていた。

そうはっきりと言われると今のバンドって普通じゃないのかな?

Bキノシタの持つ『彼女』=ゴトウのイメージ

ほとんど僕が『彼女』に対して持っているイメージと同じだった。

僕と同じでキノシタも『彼女』の書く歌詞・曲が好きだし、
『彼女』に人を惹きつける何かがあると思っている。

そして、お互いに恋愛の対象として『彼女』を見ていない。

僕らくらいの年齢だと女性を誰でも恋愛の対象というか性の対象として見てしまいがちだが、
『彼女』に関してはまったくといってそういう事はない。

それは『彼女』が女性として魅力が無いとかそういう次元の話ではない。

これまた上手く例えることができないんだけど、
女性モノのファッション誌のモデルに恋をしないのと同じような感じなのかな。

ちなみに他のバンドのメンバーに関しては悪口でちょっと盛り上がった。
(着ている服がありえないとかリフのセンスがないとか、
 『彼女』の作る歌詞・曲を理解していないとか・・・・・・)

C『彼女』の家を間違える

キノシタに住所を教えたメンバーの記憶が違っていて時間を大幅に無駄にした。
僕はキノシタをほっといて帰ろうかと思ったが、
キノシタが悪いわけじゃないのに必死に謝る姿を見て我慢することにした。

その違う住所を教えたメンバーも再度電話をかけたときに、
「ほんとに会いに行こうとしてるの?暇だねぇ」なんて皮肉たっぷりに言っていたらしいが、
キノシタはそれにもめげずに『彼女』の家の住所を思い出すように促していた。

D夏のイメージ

再度『彼女』の家の住所を聞いて、そこに向かう途中の電車の中で、
『彼女』がキノシタに送ったメールの書かれてあった歌詞のタイトルが
『夏のぬけがら』だったのでキノシタと僕は夏で連想する単語をいくつか並べた。

・サニーデイサービスの「サマーソルジャー」
・プールで遊ぶ子供達
・草むらに落ちているコーラの空缶
・溶け出すアイスクリーム
・エアコンの無い練習スタジオ
・日焼けした肌

言葉を並べるだけも汗が流れていく。

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「じゃあ、行こうか」

キノシタの声で我に返る、
暑さのせいでぼんやりしていた。

「そうだね、もうこんな時間だよ。」